今から55年前である1957年の今日、5月10日は1970年代後半に一世を風靡したイギリスのパンク・バンド、『セックス・ピストルズ』のベーシスト、シド・ヴィシャスの誕生日です。
ロンドン・パンク・ムーヴメントを代表するバンドであったピストルズは、世界のポップ・ミュージック・シーンで初めて、自国の王室や政府や大手企業を名指しで攻撃したことで有名な過激な音楽集団でした。
『パンク』は、私が嫌いな音楽のベスト3に入っているのですが、ピストルズの『God Save The Queen』など数曲は学生時代、非常にいい曲だと思った記憶があります。
メチャクチャ簡単な曲なのですが、当時、時代にぴったりはまっていたんだろうなぁと思うし、ジョニー・ロットンの巻き舌を駆使した歌い方が高い効果をあげていて、何だか街に出て火炎ビンを投げたくなってくる気持ちにさせられました。扇動的な曲でしたねぇ。
ストーンズの『Street Fighting Man』なんかも学生運動の時にかけられたりしていたと聞きますし、やはり各世代ごとにこういうもんは出てくるんだなと。
逆に言えば、そういう『駆り立てる』力があってこそのロック・ミュージックだと言えるでしょうし、そうでなかったら『若者の音楽』とはとても言えないですね。いい部分でもあり、悪い部分でもあるのでしょう。
このシド・ヴィシャスという人はもともとからのメンバーではなく、初代のベーシストが辞めた後に加入した2代目らしいのですが、その、パンク・ロックを地で行く生き方から、ヴォーカルのジョニー・ロットンと人気を二分していました。
彼を『パンクの精神』と呼び、崇拝する人間はイギリス国内外問わず数多いそうで、ミュージシャンとしてより、一種の『アイコン』として存在感があった人のようですね。
極度の麻薬中毒者としても知られ、1979年、薬物の過剰摂取により21歳で死亡しています。…21歳って早死にだなー。本当にまだ子供ですね。世の中のこと何にもわからないうちに死んでしまったんでしょうな。
元々彼は、セックス・ピストルズの熱狂的なファンの一人で、ファンの頃からピストルズの記者会見中に記者が邪魔でピストルズが見えないと言ってその記者を殴るなど、狂信的なピストルズ・ファンのなかでも目立った存在だったそうです。
『シド・ヴィシャス(悪徳のシド)』というのは芸名で、本名はジョン・サイモン・リッチー。
ジョニー・ロットンが昔飼っていたハムスターの名前が由来で、このハムスターはロットンの父親に噛み付いた事からヴィシャス(凶暴な)という苗字がつけられていたらしい。
ヴィシャスとロットンはファッション関係の専門学校時代からの友人で、その縁から2代目ベーシストに就任しました。しかし、加入した当初は全くベースを弾いたことがなく、またその後も大して上達はせず、専らライブではベースで客を殴ったり、喧嘩ばかりしていたそうです。(笑)
彼の有名な写真に、胸に剃刀で『FUCK』と刻み、血まみれになりながらベースを提げたものがありましたが、過激な伝説とは裏腹に、本来は非常に気弱で貧弱な青年でだったそうで、ロットンも『ヴィシャス』という芸名について「奴の性格から一番遠い名前をつけた」と語っています。
…まあ、伝説とかって大体こんなもんですよね。スターの虚像を拭い去ると、大体、小心で内向的な人物だったりします。
それにしても、バンド加入の時点で「一切ベースを弾けなかった」って…。加入できるのがすごい。(笑)
セックス・ピストルズが解散すると、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」やエディ・コクランの「サムシング・エルス」、「カモン・エブリバディ」などのパンクバージョンを収録したソロアルバムをリリース。一本立ちを決意したようですが、動画でもわかるようにパフォーマーとしてソロでやっていくにはかなり貧弱です。スーツとか着込んでシナトラとか歌っても、顔と頭はそのままで、どう見てもチンピラのアンちゃんだしなぁ。ピストルズの時とおんなじ表情してる。(笑)
私生活でも以前から耽溺していた麻薬のためスキャンダラスな行動を繰り返し、とうとう1978年10月13日にニューヨークにあるチェルシーホテルのバスルームで恋人のナンシー・スパンゲンの死体が発見されることになります。1986年に公開された、ヴィシャスの生涯を映画化した有名な映画、『シド・アンド・ナンシー』に出てくるシドの恋人です。
世紀のバカップルですね。
『俺たちに明日はない』という映画で有名なボニー&クライドみたいなもんで、意識していたのかどうかは知りませんが、写真を見ると本当に頭の悪そうなカップルです。(笑)
真相は闇の中ですが、凶器のナイフがシドの所有物であったことから、麻薬で錯乱したシド自身が刺殺したとも言われているそうです。
逮捕後、レコード会社が多額の金を払い保釈されるもののその後も自殺未遂を起こしたり、パティ・スミスの弟をビール瓶で殴るなどの騒ぎを起こした末、1979年2月2日、遂に麻薬の過剰摂取により死亡しました。
■ シドのドキュメンタリー ■
http://www.youtube.com/watch?v=SeoEQCBMSDg&feature=related
■ ピストルズでの在りし日のシド ■
http://www.youtube.com/watch?v=yInsMNJ4fcM&feature=related
上にあげた動画を見ていると、当時は確かにセンセーショナルな存在だったのでしょうが、今見返してみるとなんだか「痛々しい」ですね。
背伸びしすぎ、つっぱりすぎて訳わかんないことになっちゃってる、みたいな。
シドのドキュメンタリーで街行く人が眉をひそめてシドを避けていますが、やっぱりこれが普通の反応だよなぁ。(´A`)
